ブラックバス 理論

キャッチアンドリリースの何が悪い?釣り人への偽善論や批判に物申す!

2019年3月7日

 

どぅーも!maboでっす!

唐突ですが、ルアーフィッシングで特にブラックバス釣りにおいて『キャッチ&リリース』と言う言葉がありますが、皆さんはどのように感じますでしょうか?

この記事を読まれる方ってほとんど釣り人だと思いますので、きっと僕と同じ感覚ですね。。。

で、一般的には世間の意見として賛否両論あります。そこについて僕なりの意見をまとめて紹介していきたいと思います!

ブラックバスアングラーにはマジで読んでもらいたい記事です!

 

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キャッチ&リリースとは?マナーや正しいやり方とは?

まずキャッチアンドリリースとは何なんでしょうか?

その意味をまず共有したいと思います。

キャッチアンドリリースとは、生物資源保護の目的で行われる再放流の事です。この目的としては第一に釣魚の保護を目的としています。

要は釣る魚がいなければレジャーとしてのフィッシングを楽しめないといった観点から釣った魚をあえて取らずに生かしたまま釣り場に戻し、魚の減少を防ぐといった狙いですね。

公の団体・JGFA(Japan Game Fish Association)が打ち出しているキャッチアンドリリースのマナーや正しいやり方というのがあるのをご存知でしょうか?

当然のことながら広く言うと自然保護を目的とした活動となりますから、釣った魚をねぎらい不用意に傷つけないような考え方を前提として、

『素手で触らない』

『アスファルト・コンクリートに置かない』

など極力魚を傷つけないような取り扱いをすることが最善のマナーだとされています。因みに、その前提として「ノン・ドライ」すなわち、乾燥したものに触れさせないといった取り扱い方法を提唱しています。

魚自身は体が粘膜に覆われているし、そもそも体温が水温同等のため陸上の色んなものが刺激物となる訳ですね。

それは、人の柔らかい素手であってもです。

また正しいキャッチ&リリースのやり方としては、魚を濡らしたラバーネット等で引き上げ素手で触らないようにフックを取り外し泳ぐ姿勢を整えてあげて優しく水中で離してあげる、このような一連の流れが正しいキャッチアンドリリースのやり方と認識されています。

僕自身はブラックバスをキャッチ&リリースしています。その取り扱いは基本的に、

「乾いた素手で魚を持たない」

「フックは極力バーブレス」

「外したら極力早くリリースする」

など気をつけている部分もあります。

でも、それと相反して狙いの魚が釣れた場合や思いがけないサイズの魚が釣れた場合、または、外道ではあるけれども珍しめの魚が釣れた場合については写真を撮るなど水中にいない時間を作ってしまっていることが現実です。

当然その間は乾かないように水に時折浸したりもしますが当然魚は弱ることは間違いありません。

活字に起こすと、なかなかひどいことをしているもんだと、我に帰りますね( ;∀;)

まぁ、これが僕含めブラックバスをメインとしたルアーフィッシングでのキャッチアンドリリースの実態ではないでしょうか。

 

キャッチ&リリース

 

キャッチ&リリースの何が悪い?批判・反対意見を整理!

キャッチアンドリリースの賛否の『』の部分で批判や反対意見がありますが何がそんなに悪いのでしょうか?これらを整理してみました。

 

意味ない(無意味)

キャッチされ、そしてリリースされた魚は、その扱いによってはその後、生きていけないと言う話もあります。

ですからそういった意味で釣り上げてしまった時点で魚のその先がなくなるわけですからリリースしても意味ないと言うような意見です。

 

嫌い

「好き・嫌い」は個人的な感情によるものになるので何とも言えませんが、その根本となるのがおそらくは前述した自然・生物資源保護だとか環境保護だとかで、魚(生き物)優しく取り扱いましょう、だとか言うことを全面に押し出した活動の部分から違和感を覚える人の感情だと思います。

 

ひどい

ひどいと言う意見も少なからずあります。

釣り人からすれば命を奪っているわけではなく、優しく扱い再放流しているわけですから、そこにひどいと言われる所以は無いのですが、そもそもフックなどで傷つける必要がないにも関わらず、魚体を追い込んでいるわけですから、そういった意味でひどいと言う意見が上がっても当然かと思います。

 

そもそも法律違反なのでは…?

確かに、外来種に関しては、その行為について一部法令で定められている部分があります。

ただ、その法令は法律ではなく条令やその他公共団体の規則として定められている状況ですね。

また、恐らくキャッチを禁止している法令はなかったと認識しています。

※土地や場所個々での禁止はあると思いますが...

つまり、各県で定められてる内容が違いますから、リリースを禁止している県で、リリースするというのはもちろん論外です。自治体に従って行動するようにしましょう。

 

 
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キャッチ&リリースは釣り人の偽善なのか?

キャッチアンドリリースに批判的な意見をまとめてみましたが、簡単に言えば「キャッチ&リリース」と言う行動そのものへの批判・反対ではなく生物資源保護と言った「動物愛護」や「自然環境保護」もしくは「優しく動物を扱っている」といったような建前が偽善という風に見えてしまっているのだと思います。

おそらく全く釣りをしない、もしくは釣りに興味がない人達にとっては、魚をいじめた後でいくら優しく扱ってもそれは動物愛護でも生物資源保護でもなく、ただただ自然生物を傷つけていることにしか見えないといったところでしょうね。

こういった視点の中で僕自身がどう思うかと言えば、第三者視点に立てば魚のキャッチ&リリースは釣り人のエゴでしかないと思います。

魚釣りがレジャーやスポーツ・ゲームとして一般的に「魚を傷つけて遊んでもいい」と言う事が事実上容認され、世間一般にそれが当たり前であることを受け入れられている前提があるからこそ罪悪感等なく楽しんでいますが、仮にその前提がなくなったとすれば魚を釣り上げて遊ぶと言う行為自体が問題視される行動であり、その後の生物資源保護等のリリース部分は以ての外ですよね。

簡単に言うと動物を傷つけている以外何者でもありません。

ましてや動物を傷つけて微笑んでいる姿はある種人間を超越した存在にも見えてくるかもしれません。

まぁ簡単に言うと「鬼」みたいなもんですかね。。。。

 

キャッチ&リリース

 

つまり全ての釣り人は、今のレジャーにカテゴライズされている魚釣り環境において、

常識やルールというのは人間が自らの欲を満たすために作り上げた前提であり、正当化された考え方でしかない。

ということを知っておかないといけないと思います。

じゃあなぜ僕がそんな前提のもとに釣りを続けているかというと、それはただ単純に「釣りが楽しい」その1点につきます。

これ、完全にエゴですね。

世の中が認めた自然と戯れる体の遊びですから、その状況に思いっきり甘えて楽しんでいるわけです。

そういった、双方の視点で釣りというレジャー・ゲームと対峙しているわけですが、そんな中で「罪悪感」があるか?と言うと正直ほぼありません。

これについては残念ながら常識と慣れでしかありません。小さい頃から魚は釣る物だと教え込まれてきたことと、世の中では肯定されているといったことが背景にあるんだと思いますけど。

それらとはさらに別視点で、この生き物遊びの是非を理屈で考えたりします。

それは例えば、地球温暖化に関する環境保護の視点で言えば「工場のCO2の排出量を減らしましょう」だとか「車の排気ガスの排出量が減るような自動車を開発しましょう」だとか、「そういった乗り物に乗ってエコ活動していきましょう」と言ったことは、自然を壊しながら自然保護を訴えています…それって魚釣りのキャッチ&リリース何が違うんでしょうか?

 

自然保護

 

僕はそこに違いはなく、同じ課題を抱えているのではないか、と思っています。

こういった日常生活に密接したところにも実は、人間本位の基準と言うものが存在していて、基本的に人間がいなければ自然環境全てがハッピーなわけですから自然保護のことを考えるのであれば、人間が全て居なくなると言う方向性を考えていくべきであろうかと思います。

つまり、キャッチ&リリースを批判する意見や反対意見があっても良いとは思いますが、それを語る上でその批判される方々は自らの置かれている生活を1度省みるべきだと思います。

コンビニで買うスイーツという嗜好品で気持ちを満足させるために、植物が命を絶たれ、さらには工場の建設によって森林が伐採され稼働により二酸化炭素を排出し、結局は見えないところで命ある関係ない動物たちに理不尽なしわ寄せを食わせている。

ってことで、明らかに痛々しい釣り針の餌食となった魚と日常生活の中で心を満たす嗜好品や趣味によって2次的、3次的に視界に入らないところで被害を被る動植物になんの違いがあるんでしょうか?

この論法で行けば批判する方される方、五十歩百歩といったところでしょうね(笑)

じゃぁ結局は形が違えど、すべての人が人間以外の動植物を傷つけながら生活をしていることが前提となると、何やってもいいよね!?という正当化論も浮上してきそうですがそれはそうではないですよね。

あくまで、ある犠牲の元に僕ら人間が至福を肥やすシステム構築をしてきたことは、自然の摂理であり当たり前のことって言えると思います。

ですので、魚を釣って遊ぶという生き物をもてあそぶ特殊アクティビティがまかり通っていることも、ある意味、弱肉強食の世界では当たり前のことだと思います。

 

 
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ただ、ここで改めて考えてほしいのは、僕らはある犠牲の元に社会を築いている中で、それら犠牲になっている生物たちにさらなる過剰な仕打ちをしているのでしょうか?

そんなことは全くありませんよね。それとは逆で労い感謝をするはずです。

ゲームフィッシングの「キャッチ&リリース」もその精神そのものを踏襲しているだけなんですよね。だから、同じことなんです。

魚釣りは人間の完全なるエゴの元に存在している訳ですが、生物資源保護を主とした、極力痛めつけないといった行動は偽善ではなく当たり前の行動なんですよね。

こういった議論は、色々と自分の置かれた環境を省みるいい機会となりますので非常に有意義ですね。

しかし、結局は人間が絡むことは確実に人間本意もしくはそれぞれの立場上の主観が含まれてきますから、広い視野で物事を俯瞰する必要がありますね。

あまりに否定や批判ばかりしていると、いつの間にか結局は自分自身を否定してしまうことになりますので、注意した方がいいと思います。

また、広く世の中を見てしまうと僕たちの生存自体が悪である視点も生まれてしまいますので、批判・否定は自分自身も大きなリスクを背負うことだけは認識しておいた方がいいですね。

ということで、僕らがやるべき事は世の中の常識やルールに従いながらその領域の中で楽しく幸せに生活ができるこれに尽きるんじゃないんでしょうか。

最後になりますが、

真剣かつ真面目に釣りというレジャーを楽しむことついては、人間が作り出したエゴの中で正当化された魚の「可愛がり」と言う実態と向き合いながら、そのことを否定されればその通りだと受け入れる覚悟をもちつつ、フィッシングライフを送っていくことが望ましい

とおもいますね。

少なくとも僕自身は20代半ばごろからそういった考え方のもとに釣りを楽しんでいます。

もちろん釣り上げた魚は敬意を払い感謝し優しく扱うことを徹底しています。

 

これに対して、ご意見ありましたらコメント欄やメールにてご連絡いただけると幸いです。

 

ではまた!

 
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